決めない人々には、共通する3つの性質がある。(1)まず、現状から変化するようなリスクに異様に敏感である。だから、リスクのある決断での自分の責任を極力回避したがる。(2)つぎに、部門間で言うことが違う。各部署が、きわめて部分最適化されていて、自分に都合のいいことだけしかOKしない。(3)しかも、この種の客先にかぎって、決して追加を認めたがらない。
不思議なことに、決める人か決めない人かは、ほとんど会社の体質によって定まっており、個人の性格には依らない。企業の中で、「決めない人」が一人いたら、他の人もだいたい「決めない人々」だと思ってよい。まあ、たまに例外がいて、その決断力のある人だけが有能だったりするケースもあることはあるが、同じ会社の社員というのは、ほとんど同じだと思った方がよい。なぜ、そうなるのだろうか?
その理由は簡単だ。「決めない人々」の働く会社には、決断の基準となる『仮説』が共有されていないからだ。以前、「仮説検証のトレーニング」にも書いたとおり、戦略とは組織レベルで仮説を共有することだ。「市場はこうしたニーズを持っているはずだ。この製品にはこうした利点がある。だからこんな作り方や売り方をすべきだ・・。」 仮説とはすなわち、賭けである。賭けである以上、当たりはずれがあり、リスクがある。だが、それは会社レベルで選び取られたリスクなのだ。
そもそも会社とは、なんらかの目的を共有した組織であるはずだ。目的があれば、そのための戦略がある。そこには必ず、仮説と賭けがある。逆にいうならば、「決める力」とは、その組織がなんらかの仮説を背後に共有していることを示している。つまり、その会社は、ものの見方に一貫性があるのだ。
そして、悲しい事ながら、一貫性ほど日本の企業に乏しいものはない。あるのは思いつきと行き当たりばったり・・と言えば厳しすぎるかもしれない。しかし工場が営業の販売予測を信用せず、設計部門が購買部門の経験から学ばない会社は、枚挙にいとまがない。
こうした会社は、存続だけが自己目的となっている。現状維持が目的だから、変化するリスクは排除されねばならない。仮説がないから、決断もない。何か前例のないことをやろうとする者は、減点主義によって罰せられる。こうした企業に跋扈するのは、前例重視とと部分最適のルールである。部門ごとの独善と言いかえるべきかもしれない。
「女子力」とは何かと聴かれたときに、僕が最も納得のいく答えは「『かわいい』の量」というものです。それも、男から見た「かわいい」ではなく、女の子基準の「かわいい」の量です。
なぜ女子基準の「かわいい」を採用するのかというと、男の言う「かわいい」という言葉は意味が不安定だからです。男性は「かわいい」という言葉を、女の子に対して言う場合とそうでない場合で無意識に使い分けています。男性諸君は胸に手を当ててこれまでの自分を振り返ってみてください。対象が女の子の場合は「美人であるか」とか「女性として魅力があるか」を問うていたのが、対象がぬこの場合は「かわいい」に置き換える言葉が見当たりませんね。一方、女性が「かわいい」という場合は、対象が人であってもぬこ様であっても同じです。女性は「かわいい」という言葉を「かわいい」という意味でしか使いません。
よく、「女の言う『かわいい』は信用ならねーよ」とか言ってる男がいますが、それは間違いです。そうゆう齟齬が発生するのは実は男性側に原因があるのです。本物のモテ男はその辺りをよく理解しているので、食い違いが発生することなく、女の子との会話を自然に弾ませることができます。個人的に、「かわいい」という言葉を女の子と同じ基準で使いこなせるか否かはモテ技術における結構重要なポイントだと思います。ちなみに、「美人であるか」とか「女性として魅力があるか」については、一般的にむしろ女性の方が男性よりも厳しい基準で見ていると思います。
■『老衰』とは年寄りの便秘と風邪だと見つけたり
昔からの死因のひとつに『老衰』があります。現在も『老衰』は、死因の10位以内に挙げられているものです。私自身は『老衰』という病名を付けたのはこれまでただ1人であり、96歳の女性が段々弱って御飯を食べられなくなって死んでいった時に『老衰』と死因を書いた事があります。私が東京女子医大に居た時や、現在の病院では高齢者の死亡時でも、一般的に様々な診断名が付いてきますので『老衰』という病名を付ける事はありません。最近、私の義母(79歳)は食物が食べられなくなり、私共の病院に入院してきました。暫く前から風邪で物の味がしなくなり食べることも出来なくなりました。入院してきた時、腹部レントゲン写真を撮ったところ、お腹の中はみっちりと大便が詰まっていて、これでは次の食べ物が入る余地が無いような状態でありました。本人曰く「何も最近食べていないから便も出ないと思っていた。」との事ですが、実は便が出なくてお腹の中がみっちり一杯なものですから、食べられなかったわけです。その後、義母は浣腸をして下剤を飲ませたら元気になりました。
卵が先か鶏が先かの問題では、まず最初に”便秘”が有り”御飯を食べられない”が続くのです。『老衰』では「おじいさんは段々弱って物を食べられなくなって死んでしまった。」という話が有りますが、これは今回の私の義母の例にぴったりであり、実は『老衰』とは軽い風邪を引き、これによって腸蠕動が落ちて著しい便秘を来たし、それ以上食物が入らなくなって、最終的に栄養不良で死んでしまうというパターンが一番正しいと考えています。
松山笠置記念心臓血管病院 病院長
日本胸部外科学会 指導医
笠置 康
http://okwave.jp/qa2799922.html
こういう親が、給食費未納だったりするんだろうか。
うちは、「やることもせんと、本ばっかり読んで!」っておばあちゃんに怒られてた。